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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)1040号 判決

原告 大阪商工団体連合会

被告 国

代理人 中尾巧 吉田徹 小山田才八 畠山和夫 松村雅司 石田裕一 堀秀行 ほか五名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、朝日、毎日、読売、サンケイ、日本経済各新聞紙上大阪府内版広告欄に天地二段左右六・五センチメートル幅で、表題部分及び末尾の原告・被告の表示部分は一倍半活字、その余の部分は一倍活字で、別紙の内容による謝罪広告を一回掲載し、かつ、原告に右謝罪文を交付せよ。

二  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五七年二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、大淀税務署の署長ら及び大阪国税局管内六か所の税務署の署員が、原告の名誉及び信用を毀損し、原告からの脱退工作を示唆して原告の結社の自由を侵害する発言等をしたことで、原告に損害を与えたとして、国家賠償法四条、民法七二三条に基づく謝罪広告掲載及び謝罪文交付並びに国家賠償法一条に基づく損害賠償を求めている事件である。

一  当事者間に争いのない事実

1  当事者等

原告は、大阪府下の民主商工会等(以下「民商」という。)の連合組織である。

昭和五六年一一月一六日当時、藤井勇は大淀税務署長、川井彰は同税務署所得税・資産税第一部門統括国税調査官の職にあった。また、左記の者らは、左記の時期に、それぞれ左記税務署の税務署員であった。

東和宏  昭和五六年一月下旬ころ   東淀川税務署

竹原正和 同年九月七日ころ      茨木税務署

時本修三 同年九月中旬ころ      豊能税務署

勝丸勇夫 同年一〇月一日ころ     住吉税務署

高橋治男 同年六月中旬ころ      堺税務署

新毛清治 昭和五七年一〇月二〇日ころ 岸和田税務署

2  税務懇談会の開催

大淀税務署長は、昭和五六年一一月一六日午前一〇時から同署四階会議室において、同署管内の大阪国税局調査部所管法人二五社の経理担当責任者の出席を求め、昭和五六年度第二回税務懇談会を開催した。この懇談会を開催した趣旨は、出席者から税務行政に対する意見や要望を聞くとともに、税務行政の問題点及び将来の展望等について署の考え方を述べるというものであった。

3  藤井署長と川井統括官の発言

右2の税務懇談会の席上、藤井勇税務署長(以下「藤井署長」という。)は大淀納税協会の社団法人化への支持協力等に対して謝辞を述べた後、民商について説明し、約二〇分間挨拶した。これに続いて、川井彰所得税・資産税第一部門統括国税調査官(以下「川井統括官」という。)は「民商の実態について」という題で約二〇分間説明した。

二  争点

1  前記藤井署長、川井統括官ほかの税務署員らが、原告の主張(後記第三の一)記載の各発言等をしたかどうか。

2  右1において認定された各行為が、以下の観点から、原告に対する名誉毀損又は結社の自由侵害として不法行為となるか。

(一) 右1において認定された各行為は、他人の名誉を毀損し又は結社の自由を侵害する行為に該当するか。

(二) 右1において認定された各行為は、原告に対する関係で名誉毀損又は結社の自由の侵害となるか。

(三) 右1において認定された各行為は、違法性を有するか。

3  右2の不法行為が成立する場合、謝罪広告の掲載及び原告に対する謝罪文の交付の請求が認められるか。損害賠償の額はどれだけか。

第三原告の主張

一  侵害行為(争点1について)

(税務懇談会関係)

1 藤井署長の発言

藤井署長は、昭和五六年一一月一六日午前一〇時ころ、大淀税務署四階会議室において、同署管内の大阪国税局調査部所管法人の経理担当責任者に対し、「民商会員は、税務職員の正当な調査を妨害し、調査に応じようとしない。」、「民商は、税の平等の原則にはずれ、自分さえよかったらよいという立場で税務行政を混乱に落し込む団体である。」、「皆さんの下請け、孫請け会社で民商に入っている会社があれば、民商の実態を話して指導を強めてほしい。」などと発言した。

2 川井統括官の発言

川井統括官は、昭和五六年一一月一六日午前一〇時二〇分ころ、大淀税務署四階会議室において、前記藤井署長の発言に続いて、同署管内の大阪国税局調査部所管法人の経理担当責任者に対して、「民商は、全国的な組織で共産党の下部組織である。会員の会費やカンパという名で資金をかり集め共産党の財源もここから出ている。組織の指導はタテ割りで命令的できつい独善的なものである。」、「彼ら民商の目指す目的は日本の資本主義社会を根底から覆し、そして革命を意図している団体である。」、「下請け孫請け会社で民商に入っている会社があるなら、民商が税務行政の非協力者であり、その中味が何であるかを今までの話で理解しお伝えください。」などと発言した。

(税務調査関係)

3 東署員の発言

東淀川税務署員東和宏は、昭和五五年一二月ころ、大阪市東淀川区北江口二の四の九において、東淀川民商の会員垂水美恵子に対して、「民商は共産党の下部組織である。どうしてそんな団体に入ったのか。」などと発言した。

4 竹原署員の発言

茨木税務署員竹原正和は、昭和五六年九月七日ころ、高槻市永楽町七の一〇において、高槻民商の会員尾崎忠雄に対して、「民商は非協力団体だからやめろ。」などと発言した。

5 時本署員の発言

豊能税務署員時本修三は、昭和五六年九月中旬ころ、豊中市永楽荘三の一の一二において、池田民商の会員木村田美子に対して、「ボチボチ民商をやめたらどうでっか。」などと発言した。

6 勝丸署員の発言

住吉税務署員勝丸勇夫は、昭和五六年一〇月一日ころ、大阪市住吉区帝塚山一の三の三二において、住吉民商の会員平田弘に対して、「民商を抜いて話し合いたい。そうでなければ更正する。」などと発言した。

7 高橋署員の脱退工作

堺税務署員高橋治男は、昭和五六年六月中ころ、堺市太平寺一五の一において、堺南民商の会員井上善治に対して、予め民商からの脱会を強要し、「いまだに民商にはいっているのか。誰の紹介でいつからはいっているのか。」などと発言した。

8 新毛署員の脱退工作

岸和田税務署員新毛清治は、昭和五七年一〇月二〇日ころ、貝塚市近木九五九大橋照雄方において、貝塚民商の会員大橋照雄に対して、「確認書を書けば税額を下げる。」と発言し、大橋に「昭和五五年二月決算無申告であった事を深く反省しております。今後民商を退会し、又税務に対する認識を深め、正しい申告するよう努力したいと思います。」という文面の確認書を書かせ、税務署に提出させた。

二  不法行為の成否(争点2について)

1  侵害行為の評価

(一) 藤井署長及び川井統括官の発言は、各自の地位に基づいて民商を誹謗中傷する発言であり、民商及びその連合体である原告の名誉及び信用を害する目的でなされたもので、職権を濫用した違法な行為であるとともに、懇談会の出席者に民商に関する誤った認識を植えつけ、民商からの脱退工作を示唆することによって、民商及び原告の組織破壊を意図して行われたもので、民商及び原告の結社の自由を侵害する行為である。

仮に、藤井署長及び川井統括官の発言内容が、被告主張のとおりだとしても、各発言は、原告の名誉を毀損し、結社の自由を侵害するものである。

(二) 東及び竹原署員の発言は、虚偽の事実を述べて、民商及び原告の名誉を毀損するとともに、民商からの脱退工作を目的としており、民商及び原告の結社の自由を侵害する行為である。

(三) 時本署員の発言は、民商からの脱退工作を目的とするもので、民商及び原告の結社の自由を侵害する行為である。

(四) 勝丸署員の発言並びに高橋署員及び新毛署員の脱退工作は、公平の原則に反した差別的取扱をしようとする行為であり、民商及び原告の結社の自由を侵害する行為である。

2  原告と民商の関係

原告は、大阪府下各地域の民主商工会(単位民商)を構成員とする法人格なき社団であり、単位民商は、原告と同様の目的を有するが、原告とは別の規約、業務執行機関を持つ法人格なき社団である。

本件の各発言においては、原告と単位民商を区別せずに、漫然と「民商」という言葉が用いられているのであり、また、通常「民商」という言葉は、各単位民商と原告とを含む広い意味での「民主商工会」を示す言葉として使われているから、本件各行為は、原告に対する関係でも名誉毀損になる。仮に、「民商」という言葉が単位民商を直接の対象としていたとしても、各単位民商は、原告と同様の目的を持ち、かつ、原告の構成員となっているものであり、単位民商の組織としての行動は、原告の構成員としての行動でもあり、これに対する誹謗、中傷は原告に対する名誉毀損でもある。

また、各単位民商からの脱退工作は、各単位民商が原告の構成員となっている組織関係からみて、単位民商の結社の自由に対する侵害行為に止まらず、原告そのものに対する組織攻撃、結社の自由に対する侵害行為である。

3  故意

(一) 藤井署長及び川井統括官は、民商及び原告の名誉を毀損し、その組織を破壊することを意図していたものであり、故意により違法に他人に損害を与えたものである。

(二) 大阪国税局長は、部下職員、税務署長等に命じて、民商、原告の組織を破壊することを意図していたものであり、本件における各税務署員は、これと同一の意図を持っていたものであり、故意により違法に他人に損害を与えたものである。

三  原告の損害及びその回復の方法(争点3について)

1  本件の不法行為によって、原告は、その社団としての社会的評価を害されるなどの名誉を毀損された上、民商の会員が動揺し、若干の脱退者が出たり、あるいはその対策として理事会等の会議を開いたりしなければならなくなるなどの結社の自由を侵害され、無形の損害を被った。

2  不法行為の態様、計画性、規模を考慮して、右の無形の損害を金銭に評価すると、藤井署長及び川井統括官の発言に対する損害賠償請求としては金二〇〇万円、その他の各税務署員の発言等に対する損害賠償請求としては合計して金一〇〇万円が相当であり、全体で少なくとも金三〇〇万円を下らない。

3  藤井署長及び川井統括官の発言による名誉毀損については、大淀税務署の税務懇談会出席者に対して与えられた原告に関する誤った認識を払拭しなければ、損害の回復は十分でなく、別紙のような謝罪広告が必要である。

第四被告の主張

一  侵害行為の有無(争点1について)

(税務懇談会関係)

1 藤井署長の発言

藤井署長は、原告主張(第三の一1)のような発言はしていない。

藤井署長の発言の概要は、「民商会員の多くは、税務署の調査に非協力的であり、税務調査に際し帳簿書類を提示しない。しかし、税務署は、課税の公平を図らねばならないので、やむを得ず、納税者の取引先に対する反面調査などによって把握した取引状況に関する事実に基づいて課税しているのが現状である。このような事情であるので、取引先の方々には、日頃から手数をかけているが、今後とも反面調査に協力願いたい。また、出席会社の下請先・孫請先等の取引先に対しても、機会があれば、税務署の職員が反面調査に行った場合には、協力するよう伝えていただきたい。」というものである。

実際に発言した内容は、「私の大阪国税不服審判所における経験によれば、民商会員は、税務職員の質問検査権に基づく適法な税務調査に対し、民商事務局員等の調査立会いや具体的な調査理由の開示を要求し、また、事前通知のない調査や納税者の承諾のない反面調査は違法であると主張し、かつ、納税額の確定は申告によるとの解釈によって、調査に協力せず、帳簿書類の提示もしない。納税者の中にこうした非協力的で、自分だけが不当に税を免れようとする者がいることは許されず、適正な税務行政の執行上、調査に応じない者に対しては、反面調査(取引先等の調査)により推計課税を行っている。取引先の皆さん方には、いろいろお手数をかけているが、今後ともよろしく御協力をお願いしたい。また、出席各社の下請先等に対しても、税務署の反面調査に協力するよう説明していただきたい。」というものである。

2 川井統括官の発言

川井統括官は、原告主張(第三の一2)のような発言はしていない。

川井統括官の発言の概要は、「民商は、会員の拡大方針を掲げ、税務の相談のほか経営・金融などの相談その他幅広い活動をしているが、税金対策に重点を置いており、『全国商工新聞』『納税者の心得一〇か条』などで会員を教育しており、会員や事務局員の税務署や税務署職員に対する行動は、反権力的で暴力的なものさえある。すなわち、民商の事務局員や会員の中には、税務署の調査に際し、帳簿書類を提示せず、調査を妨害したり、拒否したりする者が多く、時には暴力行為を伴う事例すら発生している。しかし、税務署は、課税の公平を図るため、やむを得ず納税者の取引先を調査し、その調査により把握した取引金額等の事実に基づき推計により課税しているのが現状である。このような事情であるので、取引先の方々に迷惑をかけることとなるが、今後とも反面調査に協力していただきたい。また、出席会社の下請先等にも機会があれば、反面調査に協力するようお伝え願いたい。」というものであり、「所得税法及び相続税法に規定する源泉徴収票などの支払調書の提出について協力願いたい。また、課税の適性・公平を図る上で、売上げ、仕入れ等の取引に関する資料が重要な役割を果たしているので、これら資料せんの提出についても協力願いたい。」旨を述べた。また、「民商は、全国的な組織で、共産党の友好団体である。」、「会員らによる新聞(赤旗)購読料やカンパ資金が共産党の財源の一部になっているといわれている。」との趣旨の発言をした。

実際に発言した内容は、「民商は全国的な組織で、非常に結束が強く、共産党とは密接な友好関係があり、民商会員の赤旗購読料やカンパ資金が共産党の財源の一部になっているようだ。そして民商は幅広い活動をしているが、税金対策には非常にウエイトを置いている。会員の指導は、納税者の心得一〇カ条とか商工新聞で行われているが、会員の権利義務意識はアンバランスである。民商会員は、税務調査には非協力的で、調査拒否・妨害が多く暴力行為に及ぶこともあり、豊中民商事件や上京事件の例がある。大半の民商会員は白色申告者で、三月一三日に集団申告により各種所得欄には単に所得金額しか記載しない確定申告書を提出している。民商会員は調査に非協力的であるが、だからといって調査をやめるわけにはいかない。したがって、取引先などの反面調査により所得金額を推計せざるを得ず、そのため取引先に非常に迷惑をかけているが、出席会社には今後ともよろしく御協力をお願いしたい。また、関係下請企業等にもよく御説明願い、御理解と御協力を得たい。」というものである。

(税務調査関係)

3 東署員の発言

東署員は、原告主張(第三の一3)のような発言はしていない。

東署員は、昭和五五年一一月二七日、同年一二月五日、同月九日及び昭和五六年一月二七日の四回にわたり、垂水美恵子方に臨んで調査を行った。右のうち、昭和五五年一二月五日に行った調査の際、東署員は、垂水から「民商に相談していますので、そちらのほうへ行って調べたらどうですか。」と言われたので、それはできない旨を告げたところ、垂水から「民商は税務署の下部組織じゃないんですか。税務署が指導しているのではないですか。」と質問された。これに対して、東署員は、民商と税務署は関係ない旨を回答したが、垂水が「民商は税務署の指導を受けている会だと思っていた。民商は税務署の協力団体ではないですか。」と重ねて質問したので、たまたま玄関先に置いてあった赤旗新聞を見て、民商が赤旗を宣伝していることが念頭にあったところから、民商は国の機関とは関係がないと答える趣旨で「赤旗と共産党は関係があるんではないですか。」と述べたものである。このように、東署員は、原告主張のような「民商は共産党の下部組織である。どうしてそんな団体に入ったのか。」という発言はしていない。

4 竹原署員の発言

竹原署員は、原告主張(第三の一4)のような発言はしていない。

竹原署員は、昭和五六年八月二六日と九月七日の二回、尾崎忠雄方へ赴き調査を行ったが、九月七日の調査は尾崎本人も協力的で、比較的順調に進行し、平穏に終了したものであり、「民商は非協力団体だからやめろ。」などと発言したことはない。

5 時本署員の発言

時本署員は、原告主張(第三の一5)のような発言はしていない。

時本署員は、昭和五六年九月二一日、一〇月二二日、一一月六日及び同月一八日の四回にわたり、木村均方に臨んで調査を行った。九月二一日は、木村均が不在であったため、その妻田美子と面接したところ、田美子は、「商売のことは自分でははっきりわからず」、「民商のほうで相談してる。」と答えた。これに対し、時本署員は、「民商のほうに相談するのもいいが、自分の申告ですので、商売の記帳くらいは自分でして下さい。」と発言した。そして、当日の調査に関し、田美子から「主人が不在なのでとにかく今日は調査に応じられない。」との申出を受けたので、時本署員は、次回の調査の日を決め、「所得税の調査の場合には、調査に関係のない第三者の立会いは認められないので、立会いのないようにお願いします。」と木村均への伝言を頼んで調査を打ち切った。ところが、昭和五六年一〇月二二日木村方へ二回目の調査に赴いたところ、池田民商の竹中事務局次長から、「前回の九月二一日に調査に行った時に奥さんに対して、民商をやめたらどうかと言ったじゃないか。脱退工作をしたんじゃないか。」と抗議された。これに対し、時本職員は、「そういうことは言ってません。」、「前の時は記帳くらいは、自分でしなさいと言ったけれども民商やめたらどうかということは言ってませんよ。」などと反論したが、竹中がなおも抗議を続けるので、誤解を解くために「私の発言がそのように奥さんに受け取られたのは残念だ。」と発言した。原告主張の如き「ボチボチ民商をやめたらどうでっか。」という発言はしていない。

6 勝丸署員の発言

勝丸署員は、原告主張(第三の一6)のような発言はしていない。

勝丸署員は、昭和五六年八月五日、同月一九日、同月二〇日及び同月二五日の四回にわたり、平田弘方に臨んで調査を行った。その後、同年一〇月一日及び二九日の二度にわたり修正申告について同人に電話を架けた。同年一〇月一日に電話したときには、調査額が申告額を上回るので、一度面接して詳しく説明し、平田の言い分を聞きたいが、その際、第三者の立会いは認められないことを説明したが、これに対し、平田の妻は、「私達では分かりません」と答えるのみであった。そこで、勝丸署員は、「税務署の方に来署していただければ詳しく説明を致しますし、平田さんのご意見も聞けると思います。けれども、そのときにも第三者の方の同席は認められません。」と話したが、平田の妻が同じく「私達では分かりません」と言うだけなので、勝丸署員は、「このまま第三者の立会いなしで調査に応じていただけないのなら、調査額についても詳しく説明できません。このまま調査の説明ができずにまた調査に応じていただけなければ、やむを得ず、平田さんのほうに調査額を通知しなければならなくなりますよ。」と話し、引き続き「調査額を通知したからといって、これで確定するんではないです。もし、これに不服があれば、異議申立や審査請求の制度もあります。けれども、そういった手続きを考えるんであれば、一度来署するなりされて、こちらの説明も聞いていただき、また平田さんのご意見も聞かしていただいて、よければもう一度来署なりしていただけませんか。」と話したものである。したがって、原告主張のように、平田弘に対して、「民商を抜いて話し合いたい。そうでなければ更正する。」などと発言したことはない。

7 高橋署員の脱退工作

高橋署員は、原告主張(第三の一7)のような発言等はしていない。

高橋署員は、昭和五六年五月九日、同月一一日、同月一八日、同月二一日、同月二六日及び同年六月一七日の六回にわたり、井上善治方に臨んで調査を行った。このうち、昭和五六年五月一一日と同月二一日には民商関係者の立会いを要求され、同月二一日には、立会いを求める北岡及び北川から「調査理由は何だ。」、「立会いはどうしてあかんのか。」、「法律的な根拠を言え。」などと述べたため、調査が進展しなかった。高橋署員は、第三者の立会いは許されない旨説明したが、なおも立会いを求めるので、「今後は署の方で独自に取引先等の調査をする。」と言い、その後の調査を打ち切った。その後の同月二六日の調査の際には、立会いを求める者はいなかった。そして、高橋署員は、取引先を調査の上、同年六月一七日に井上方に臨んだところ、その際にも立会いを求める者はなく、井上本人と同人の妻が調査に協力したので、調査は順調に進展し、完了した。このように高橋署員は、井上に対する調査の過程で、井上に対し、原告主張のように民商からの脱会を強要したことはなく、六月中ころの調査の際、「いまだに民商にはいっているのか。誰の紹介でいつからはいっているのか。」などと発言したこともない。

8 新毛署員の脱退工作

新毛署員は、原告主張(第三の一8)のような脱退工作はしていない。

新毛署員は、有限会社おおはしについて、前任者に引き続き、昭和五七年八月から五、六回の会社事務所等の臨場調査等を実施し、法人税調査を行った。新毛署員は、昭和五七年九月上旬に有限会社おおはしの事務所に臨み、それまで調査した結果に基づいて算定した所得金額を代表取締役大橋照雄に説明したところ、大橋から「税金の段取りもあるし、しばらくちょっと考えさしてもらえますか。」との申出があったので、新毛署員は、大橋に申告の意思があると判断し、その日は帰署した。その後、同年九月下旬ころ、新毛署員が有限会社おおはしの事務所に臨んだところ、大橋自身が、「もう仕方がないですな。借金でもして税金払うようにしますわ。払うんですから更正というのも何ですし、自分から申告を出すようにしますわ。これまで私のほうとしてはあんまり税金に対する認識もなかったんで、無申告であったりして、ええ加減ですいませんでした。これから民商もやめて自分でちょっと勉強して金銭出納帳も付けますし、正しい申告をするようにしますわ。そのことを書いた書類も出しますわ。」と申し出たので、新毛署員は、民商を脱会するのも確認書を出すのも大橋の自由であり、今後税務認識を改めるのは結構なことである旨を告げた。その際、新毛署員は、大橋から申告書の下書きを作成してほしいと依頼され、さらに、「申告書の下書きのついでに、確認書も先程の内容で書いて欲しい。」と強く頼まれた。新毛署員は、一旦はこれを断ったが、大橋が、「それは分かるんですけれど、とにかく苦手なんでお願いしますわ。」と頼むので、仕方なく了承して署に帰り、統括官とも相談の上、大橋の述べるままの内容で、修正申告書及び確認書の下書きを作成して交付した。それに基づいて作成された修正申告書及び確認書が、同年一〇月二六日、税務署受付に提出されたのである。税理士が関与していない会社については、修正申告書等の記載内容が複雑であることから、調査担当署員が修正申告書等の下書きを行って、これをもとに当該会社が清書し、押印して提出している例が多いが、この場合、前記のような確認書についても、調査担当者が下書きを依頼されることが多いのが実情である。本件もこのような実情の下で、新毛署員は、大橋の発言内容を再現した形での確認書の下書き作りに応じただけであって、脱退工作の意図に基づくものではない。このように、新毛署員は、大橋に対して、「確認書を書けば税額を下げる。」と発言したこともないし、大橋に「昭和五五年二月決算無申告であった事を深く反省しております。今後民商を退会し、又税務に対する認識を深め、正しい申告するよう努力したいと思います。」という文面の確認書を書かせ、税務署に提出させて脱退工作をした事実もない。

二  不法行為の成否(争点2について)

1  違法性の有無

(一) 原告主張の機会における藤井署長及び川井統括官の発言は、税務行政に携わる者の立場から、税務行政上の広報業務に属する行為をしたもので、正当な職務行為の範囲内に属するものである。何ら民商及び原告の名誉等を害する目的でした職権濫用行為ではなく、また、民商及び原告の結社の自由を侵害する違憲、違法な行為に該当しないことは明らかである。

藤井署長の「皆さんの下請け、孫請け会社で民商に入っている会社があれば、民商の実態を話して指導を強めてほしい。」という発言部分は、発言自体に何ら民商からの脱退工作をした事実も、また、それを窺わせる事実もない。右の発言の趣旨は、出席者に反面調査への協力依頼をしたにすぎないのであり、原告の結社の自由を侵害するものではない。

川井統括官の「民商は、全国的な組織で共産党の下部組織である。」との発言部分については、そもそも共産党がわが国の公党であるから、民商がその下部組織であると言われたとしても、それによって原告の名誉、信用が毀損されることにはならない。

(二) 原告主張の各税務署員の発言等は、事実無根であって、全く原告側の誤解又は曲解に基づくものである。

2  原告と民商の関係

原告は、大阪府下各地域の民主商工会(単位民商)を構成員とする法人格なき社団で、上部団体に過ぎず、各個人又は法人が単位民商に所属することなく、直接原告の構成員となることはない。原告主張の脱退工作は単位民商の会員個々人に対する脱退工作をいうものであり、その脱退工作によって原告の組織が破壊される関係にはない。したがって、侵害行為に関する原告の主張を前提としても、原告に対する関係で、結社の自由侵害になるものではない。

3  故意

(一) 藤井署長及び川井統括官には、民商及び原告の名誉を毀損し、その組織を破壊する意図はなかったのであり、故意により違法に他人に損害を与えたことにはならない。

(二) 大阪国税局長は、本件に全く関与しておらず、部下職員、税務署長等に命じて、民商及び原告の組織破壊を意図していたことはなく、本件における各税務署員が、これと同一の意図を持っていたこともない。

4  違法性の阻却(抗弁)

仮に、藤井署長と川井統括官が原告主張どおりの内容の発言をしていたとしても、以下の理由により違法性はない。

(一) 藤井署長の発言

藤井署長の「民商会員は、税務職員の正当な調査を妨害し、調査に応じようとしない。」との発言部分は、真実である事実の摘示である。

また、「民商は、税の平等の原則にはずれ、自分さえよかったらよいという立場で税務行政を混乱に落し込む団体である。」という発言部分は、民商が税務調査に関し、「納税者心得一〇カ条」等により独自の見解のもとに会員を指導していること、民商会員は税務署に対しいやがらせ的な集団申告をするとともに、調査を拒否、忌避し、妨害していること、民商会員一人当たりに要する調査日数が一〇日前後で他の一般の納税者の二倍以上であること及び異議申立の状況等からみれば、真実の摘示というべきである。

(二) 川井統括官の発言

川井統括官の「会員の会費やカンパという名で資金をかり集め共産党の財源もここから出ている。組織の指導はタテ割りで命令的できつい独善的なものである。」、「彼ら民商の目指す目的は日本の資本主義社会を根底から覆し、そして革命を意図している団体である。」、「下請け孫請け会社で民商に入っている会社があるなら、民商が税務行政の非協力者であり、その中味が何であるかを今までの話で理解しお伝えください。」との発言部分は、真実性の証明が必ずしも十分でないとしても、文献等からみて、川井統括官が真実であると信じるについて相当な理由がある。

(三) 公共の利害に関する事実

前記(一)、(二)において摘示された事実は、広報の業務に属する税務行政の一環として行われたものであって、その公共性が著しく高い。

(四) 公益を図る目的

藤井署長及び川井統括官の前記発言は、いずれも、適正かつ公平な課税の実現を図る必要からなされたもので、公益を図る目的でなされたものである。

三  原告の損害の有無及び損害回復方法(争点3について)

1  原告に主張によっても、本件の各行為においては、原告の名称たる大商連のことには全く触れていない。したがって、原告に対する固有の侵害行為が存在しないのであり、損害も存しない。また、民商に若干の脱退者が出たとしても、藤井署長及び川井統括官の発言との間に相当因果関係はない。

2  原告が謝罪広告の掲載及び謝罪文の交付を求めている点についてであるが、非公開の場における限られた者に対する発言を広く喧伝したのは、原告自身であるから、損害の回復としてこれらの請求をするのは、過ぎたことを求めるものであって相当でない。

第五争点に対する判断

一  税務懇談会における侵害行為の有無、内容(争点1について)

1  藤井署長の発言

大淀税務署長は、昭和五六年一一月一六日午前一〇時から同署四階会議室において、同署管内の大阪国税局調査部所管法人二五社の経理担当責任者の出席を求め、昭和五六年度第二回税務懇談会を開催し、その席上、藤井署長は大淀納税協会の社団法人化への支持協力等に対して謝辞を述べた後、民商について説明し、約二〇分間挨拶したことは当事者間に争いがない。また、藤井義夫は、右懇談会に出席していた者である(〈証拠略〉)。

ところで甲第九号証には、藤井署長の話に関し、「彼等は民商の事務局員の立会調査をもとめ、税務職員の正当な調査を不当に妨害、彼等は帳簿も伝票も出さず、調査に応じようとしない。彼等民商会員は吾が国の苦しい財政事情をよそに税の平等の原則にはずれ、自分さえよかったらよいという立場で税務行政をこん乱に落しこむ団体である。皆さんの下うけ、孫うけ会社に民商とはどんなものか知らずに民商に入っている会社にその彼等の実態を話して指導をつよめてほしい。」旨の記載があり、証人藤井義夫の証言によれば、甲第九号証は同証人が前記税務懇談会に参加した際に記載したメモをもとに作成したものであるという。また、証人藤井義夫は、藤井署長が「民商の会員というのは、帳簿をつけない、あるいは伝票をつけない、そういうところから調査に行っても立会いを要求して調査に応じない、そういうことでトラブルが多い」、「彼ら民商は、我国の苦しい財政事情の中で税務行政を混乱に落とし込むようなことをやってる」、「税の平等原則の話、そして、自分らだけいいめしようというところから、彼ら民商は、この税務行政を混乱に落とし込むということ」、「よろしく、孫請け、下請けの企業によろしくそのことを御指導願いたいということを強調」する発言をしたと証言する。

しかし、証人藤井勇(藤井署長)の証言によれば、税務懇談会の趣旨や状況について、以下の各事実が認められる。すなわち、藤井署長は、税務懇談会で、反面調査への協力依頼をする趣旨で発言したもので、発言の内容は、「私の大阪国税不服審判所における経験によれば、民商会員は、税務職員の質問検査権に基づく適法な税務調査に対し、民商事務局員等の調査立会いや具体的な調査理由の開示を要求し、また、事前通知のない調査や納税者の承諾のない反面調査は違法であると主張し、かつ、納税額の確定は申告によるとの解釈によって、調査に協力せず、帳簿書類の提示もしない。納税者の中にこうした非協力的で、自分だけが不当に税を免れようとする者がいることは許されず、適正な税務行政の執行上、調査に応じない者に対しては、反面調査(取引先等の調査)により推計課税を行っている。取引先の皆さん方には、いろいろお手数をかけているが、今後ともよろしく御協力をお願いしたい。また、出席各社の下請先等に対しても、税務署の反面調査に協力するよう説明していただきたい。」というものであったことが認められる。

そこで、以上認定した事実を踏まえて甲第九号証について検討すると、証人藤井義夫の証言によれば、甲第九号証は、藤井義夫が税務懇談会に出席して、その場でノートの切れ端に書いたメモに基づき懇談会の翌日(昭和五六年一一月一七日)に作成したが、懇談会で作成したメモは、懇談会の翌日に捨ててしまった、なお、懇談会で作成したメモは、発言について一字一句逐語的に記載したり、速記したりしたものではなかった、また、藤井義夫は、大阪民主新報社から取材を依頼され、甲第九号証を関西共同印刷所から大阪民主新報社あてにファックスで送ったというのである。さらに、甲第九号証と証人藤井勇(藤井署長)の証言とを対比すると、藤井署長は、「大阪国税不服審判所」と発言しているのに、甲第九号証では「本庁不服審査部門」との記載になっていること、「徴税」との用語を使っていないのに、甲第九号証では「徴税」となっていること、藤井義夫証人自身が、「反面調査」に関する話があったことを認めていながら、甲第九号証では「反面調査」に関する記載がないことが認められる。加えて、本件の税務懇談会の進行順序は、年末調整の説明、藤井義夫の発言、スライド映写という順序であった(証人藤井勇(藤井署長)及び同川井彰(川井統括官)の証言)のに、甲第九号証では、川井統括官による民商及び民商会員の実態についての説明と資料せんの提出の説明、藤井義夫の発言、年末調整等の説明とスライド上映という順序になっていることも認められる。以上の点によれば、甲第九号証は、藤井義夫の作成にかかるものであることは認められるが、メモをもとにして、大阪民主新報社あてに送るために書かれた文書であり、発言内容の客観的正確性を担保するものは何もなく、同人の主観ないし解釈を加えて記載した疑いが強く、信用できない。

次に、証人藤井義夫の証言について検討するに、同証人が経理課長兼総務課長を務める関西共同印刷所は、民商や大阪民主新報社を得意先としていること、同証人は、税務懇談会の後、大淀商工会の事務局長、民主商工会の事務局長及び共産党の区委員長に連絡をとるなどし、大阪民主新報社からの取材に応じて、甲第九号証を送付したことが認められる(証人藤井義夫の証言)のであって、これら同証人の立場や行動に関する事実及び前記認定の藤井署長の発言の状況に鑑みると、同証人の証言は、にわかに措信することはできない。

なお、証人太田芳男の証言は、藤井義夫からの伝聞に基づいてしたものであり、前記藤井義夫の証言の信用性もあわせ考慮すると到底信用することはできない。

したがって、藤井署長が原告主張(第三の一1)のような発言をしたと認めるに足る証拠はなく、その発言の内容は前記認定のとおりと認められる。

2  川井統括官の発言

大淀税務署の川井統括官は、昭和五六年一一月一六日午前一〇時二〇分ころから同署四階会議室において、同署管内の大阪国税局調査部所管法人二五社の経理担当責任者の出席を求めて開催された昭和五六年度第二回税務懇談会の席上、藤井署長の挨拶に続いて、「民商の実態について」という題で約二〇分間説明したことは当事者間に争いがない。また、藤井義夫は、右懇談会に出席していた(〈証拠略〉)。

ところで、甲第九号証には、川井統括官の話に関し、「そして民商とは、そこから全国的な組織で共産党の下部組織である。会員の会費やカンパという名でかり集め、共産党の財源もここから出ている。組織の指導はタテ割で命令的できつい独善的なものである。彼等民商の目ざす目的は日本の資本主義社会を根底から覆し、そして革命を意企している団体です。」、「皆さんの会社の下うけ孫うけで若し民商に入っている会社があるなら民商が税務行政の非協力者でありその中身が何んであるか今迄の話しで理解をして、お伝え下さい。」という旨の記載がある。また、証人藤井義夫は、川井統括官が、民商の組織形態、全国組織から地方組織のことを話し、民商の会員の会費やカンパによって共産党の財源ができて、共産党の下部組織であること、そこで、「吸い上げる」という言葉を使ったこと、民商の実態の中で、彼らの目的は資本主義を根底から覆して革命を意図していると話したこと、出席者の会社の下請け、孫請けに民商はどういうものであるかを説明して指導してほしいことなどを発言したと証言する。

これに対し、証人川井彰(川井統括官)は、税務懇談会での発言内容に関して、「民商は全国的な組織で、非常に結束が強く、共産党とは密接な友好関係があり、民商会員の赤旗購読料やカンパ資金が共産党の財源の一部になっているようだ。そして民商は幅広い活動をしているが、税金対策には非常にウエイトを置いている。会員の指導は、納税者の心得一〇カ条とか商工新聞で行われているが、会員の権利義務意識はアンバランスである。民商会員は、税務調査には非協力的で、調査拒否・妨害が多く暴力行為に及ぶこともあり、豊中民商事件や上京事件の例がある。大半の民商会員は白色申告者で、三月一三日に集団申告により各種所得欄には単に所得金額しか記載しない確定申告書を提出している。民商会員は調査に非協力的であるが、だからといって調査をやめるわけにはいかない。したがって、取引先などの反面調査により所得金額を推計せざるを得ず、そのため取引先に非常に迷惑をかけているが、出席会社には今後ともよろしく御協力をお願いしたい。また、関係下請企業等にもよく御説明願い、御理解と御協力を得たい。」と発言したと証言する。

そこで、以下、右各証拠の信用性について検討するに、証人川井の証言によれば、川井統括官が右税務懇談会の席上、藤井署長の挨拶に続いて民商と共産党の関係や共産党の財源について言及し、民商は、全国的な組織で、共産党の友好団体であり、会員らによる新聞(赤旗)購読料やカンパ資金が共産党の財源の一部になっているといわれている旨の発言をしたことが認められ、また、証人藤井義夫及び同川井の証言によれば、藤井義夫は、川井統括官の話の後で、税務懇談会の趣旨や川井の発言内容について質問ないし抗議を行い、これに対し、川井統括官は自分の発言中に一部推察部分があったのでご了承願いたい旨発言したことも認められる。

しかし、甲第九号証は、前記1において認定したとおり、川井統括官の発言を客観的かつ正確に記録したものとはいえず、藤井義夫の主観を交えたものであることが認められ、川井統括官が、民商について共産党の「下部組織」という言葉を使ったと認めることまではできない。また、証人藤井義夫の証言も、前記1において認定したとおり、同証人の立場や行動及び証人川井の証言からみて、にわかに措信することはできず、川井統括官が税務懇談会でした発言の表現が原告主張のとおりだと認めることはできない。

そうすると、川井統括官が、原告主張のように、「民商は、全国的な組織で共産党の下部組織である。会員の会費やカンパという名で資金をかり集め共産党の財源もここから出ている。組織の指導はタテ割りで命令的できつい独善的なものである。」、「彼ら民商の目指す目的は日本の資本主義社会を根底から覆し、そして革命を意図している団体である。」、「下請け孫請け会社で民商に入っている会社があるなら、民商が税務行政の非協力者であり、その中味が何であるかを今までの話で理解しお伝えください。」などと発言したと認めることはできないというべく、当日の川井統括官の発言は、川井証言のとおりと認められる。

二  不法行為の成否(争点2について)

原告は、第三の一1及び2について、藤井署長及び川井統括官の発言が被告の主張どおりの内容であったとしても原告に対する名誉毀損及び結社の自由侵害になると主張するので、以下に前記一1及び2において認定した発言について検討する。

1  藤井署長及び川井統括官の発言がされた状況及び各発言の趣旨

〈証拠略〉によれば、藤井署長及び川井統括官の発言がされた状況及び各発言の趣旨は以下のとおりであると認められる。

(一) 各発言の際の状況

藤井署長及び川井統括官の発言は、大淀税務署が「税を知る週間」の行事の一環として昭和五六年一一月一六日に開催した本件税務懇談会の席上でされたものである。この「税を知る週間」とは、国税当局が、毎年一一月一一日から一七日までの一週間、国民各層の納税道義の高揚を図ることを目的として、国民が税を身近に考え、税の意義や役割を正しく認識し、税務行政への理解と認識を深めるような各種行事を実施しているものである。税務懇談会は、税務署の広報業務の一環として、各税務署が主催するもので、税務署管内の地域のリーダーや業種段階の役員等のうちから、税務署が選定したオピニオンリーダー等に参加を求め、税務行政の実情や問題点等を説明し、今後の協力を要請するとともに、参加者から意見や要望を聴取して、税務行政の参考にすることとし、併せて、オピニオンリーダーを通じて税務行政に対する理解と協力の世論形成がされることを期待して実施しているものである。税務懇談会は、「税を知る週間」の行事の一環として、その期間内に行われることが多く、本件でもこの期間中に行われた。

本件税務懇談会は、大淀税務署が主催し、同署管内の資本金一億円以上の法人のうち、二五社の経理担当者に出席案内を出し、出席者から税務行政に対する意見や要望を聞くとともに、税務署から、税務行政の現状と問題点、将来の展望等を説明し、出席者の理解と協力を求めることによって、納税者と一体になった税務行政を推進することを目的として実施された。当日は、一七社の経理担当者が出席した。

当日は、挨拶及び税務行政の現状、民商の実態、商工業取引資料せん等の提出方依頼、昭和五六年分所得税の特別減税、いわゆるグリーンカード制、給与所得者の源泉徴収所得税に係る年末調整の周知、スライド映写(相続税の課税の仕組み)という各事項が、右の順に説明され、資料として一五種類のパンフレットが出席者全員に配付された。

(二) 藤井署長の発言の趣旨

藤井署長は、本件税務懇談会の冒頭で挨拶し、出席各社に対して出席への謝辞を述べ、大淀納税協会の社団化及び大淀納税貯蓄組合連合会の青年部結成に際しての支持、協力に対するお礼を述べ、「税を知る週間」とその関連行事の趣旨や本件税務懇談会開催の趣旨を説明し、税務行政の現状について、その置かれている環境、税及び税務行政の役割等について述べたほか、民商について言及した。

藤井署長がこのような発言に及んだ趣旨は、以下のとおりである。すなわち、同人は、従前担当していた大阪国税不服審判所での審査請求の事案を通じ、民商会員が税務調査に極めて非協力的であって、税務行政上大きな支障が生じているとの認識を有していた。たとえば、税務職員が民商会員宅に調査に臨むと、民商会員は第三者の立会いを求めたり、調査の事前通知の必要性を主張したりして、調査に協力しないことが多く、現に大淀税務署管内の税務調査においても、民商会員には白色申告者が多く、各種所得欄には単に所得金額しか記載しない申告書を集団で提出した上、調査に協力しないため、調査日数が一般の者の二倍以上を要することがあること、また、申告漏れ所得額も民商会員の方が多かったことを、藤井署長自身が認識していた。そこで、藤井署長は、適正かつ公平な課税の推進の見地からしてこうした事態は放置できないので、推計課税による必要があるが、そのためには取引先からの資料の収集が重要であると考え、大淀税務署管内の有力法人が出席する本件税務懇談会の機会に、出席した各社に対し、税務行政の現状を訴え、反面調査に対する協力を依頼する趣旨の下に前記認定の発言をしたのである。このように、藤井署長が民商について言及した趣旨は、反面調査への協力依頼にあった。

(三) 川井統括官の発言の趣旨

川井統括官は、三〇年余り所得税事務に従事し、多数の民商会員の調査を担当した。その経験によれば、民商会員の中には税務調査に極めて非協力的な者がおり、帳簿書類の提示を求めてもそれに応じず、また、調査に際しては、立会いを繰り返し要求したり、調査に関係ない事項をことさらに取り上げて論争を仕掛けたり、税務職員の個人的な問題について中傷したりすることがあること、そして、時には暴力行為にまで及んで調査を妨害する等の事態に至ったこともあったことを認識していた。そこで、川井統括官は、右のような民商会員に見られる納税への非協力的態度は税務行政の上で憂慮すべき事態であると考え、このような税務調査上の障害を除去し、公平で適正な課税が行える環境とするために、本件税務懇談会の機会に、民商及び民商会員の実態と税務行政の実情を訴え、税務調査に対する理解を得ることによって、取引先への調査に対する協力を要請する趣旨の下に、前記発言をした。このように、川井統括官が本件税務懇談会において、「民商の実態について」と題して話をした趣旨は、反面調査への協力依頼にあった。

2  次に、前記1において認定した事実を踏まえて、藤井署長及び川井統括官の発言が不法行為を構成するかどうかについて検討する。

(一) 各発言の態様

藤井署長及び川井統括官の本件税務懇談会での各発言は、前記認定のように「税を知る週間」の行事の一環として行われた税務懇談会の席上なされたもので、税務行政における広報業務として行われたものである。すなわち、納税は憲法三〇条に定める国民の義務であり、国税当局は、適正かつ公平な課税の実現に向けて各種の施策を行う権限と責任を有するが、現実には、納税が個人の所得の把握や一定の出捐を伴うため、時として税を免れようとする者や国税当局及び税務職員に対して非協力的態度を示したりする者が現れることのあることは、右両名がその経験を通して認識しているところであった。そこで、右両名は、税務行政の円滑な遂行に支障となる事項を取り除くために、支障となる事項を広報し、反面調査への協力を求めるなどの行政上の措置を採る必要があると判断し、前記発言に及んだのである。このような点からすると、本件税務懇談会での各発言は、税務行政の一環としての広報業務として行われたものであると認められる。

また、藤井署長及び川井統括官の各発言は、いずれも大淀税務署内の一室で、限定された出席者(同税務署管内の資本金一億円以上の法人のうち、一七法人の経理担当者)に対して、口頭で述べたもので、発言内容を文書にして広く配付したり、新聞、雑誌等に公表したものでもなく、発言内容が世間一般の不特定多数のものに知られるおそれは小さかったと認められる。

(二) 原告の組織について

〈証拠略〉によれば、原告は、「税に関する知識を高め、税制と税務行政の民主的改革」を行うことを目的とし、大阪府下の各地域の単位民商のみを構成員とする府県段階の上部団体であり、各個人又は法人が単位民商に所属することなく、直接原告の構成員となることはないことが認められる。

ところで、本件税務懇談会において藤井署長及び川井統括官は、その各発言の中で、「民商」又は「民商会員は」と述べているのであって、原告の正式名称である大阪商工団体連合会又は原告自身が使う略称である「大商連」という語(〈証拠略〉)は用いていないのである。確かに、右に認定した原告の組織構造からみると、単に「民商」という名称を使った場合には、広い意味に解すると原告をも包含するものと解し得る可能性もあるが、原告は、大阪府下各地域の民主商工会(単位民商)を構成員とする法人格なき社団で、単位民商とは区別されるものであることは当事者間に争いがなく、「民商会員」と述べた場合は、「大商連」あるいは「大阪商工団体連合会」と述べた場合に比べて、原告の社会的評価を低下させるおそれは著しく小さいといわなければならない。

なお、原告は、前記認定の藤井署長及び川井統括官の各発言が、民商からの脱退工作であり、原告の結社の自由を侵害する行為であると主張する。しかし、右の組織構造からすれば、各個人又は法人が単位民商に所属することなく、直接原告の構成員となることはないのであり、他方、原告が脱退工作と主張するのは、単位民商の会員個々人に対する単位民商からの脱退工作にほかならない。そうすると、原告主張の脱退工作によって直ちに原告の組織が破壊される関係にはないというべきである。

(三) 藤井署長の発言の違法性の有無

藤井署長の発言のうち、「私の大阪国税不服審判所における経験によれば、民商会員は、税務職員の質問検査権に基づく適法な税務調査に対し、民商事務局員等の調査立会いや具体的な調査理由の開示を要求し、また、事前通知のない調査や納税者の承諾のない反面調査は違法であると主張し、かつ、納税額の確定は申告によるとの解釈によって、調査に協力せず、帳簿書類の提示もしない。納税者の中にこうした非協力的で、自分だけが不当に税を免れようとする者がいることは許されず、適正な税務行政の執行上、調査に応じない者に対しては、反面調査(取引先等の調査)により推計課税を行っている。」との部分については、民商会員が税務調査に協力しない旨を具体的事実を摘示して発言したものである。

しかし、税務調査に協力しないことは、直ちに犯罪を構成したり、社会的に非難されるべきことではない。納税者が税務調査に協力しなければ、税務署の側で反面調査等を行い、推計課税を行うことになる可能性が高く、その結果、申告した所得額よりも推計された所得額が多かった場合に更正処分が行われることになる筋合いである。こうしたことに鑑みると、「非協力的」との発言は、原告の社会的評価を低下させるものではない。

加えて、前記1(一)ないし(三)で認定した藤井署長の発言がなされた際の状況、発言の趣旨が反面調査への協力依頼にあったこと、発言の態様、原告の組織構造、藤井署長は「民商」又は「民商会員」と述べているのであって原告の正式名称や略称を使用したわけではないこと等を総合的に考慮すると、前記認定の藤井署長の発言は、原告自身の名誉を毀損する不法行為を構成するものということはできず、結局、正当な職務行為の範囲内でなされたものと評価される。したがって、藤井署長の発言は、原告の名誉を毀損し又は結社の自由を侵害するものであるとは認められない。

(四) 川井統括官の違法性の有無

川井統括官の発言のうち、まず、「民商は全国的な組織で、非常に結束が強く、共産党とは密接な友好関係があり、民商会員の赤旗購読料やカンパ資金が共産党の財源の一部になっているようだ。そして民商は幅広い活動をしているが、税金対策には非常にウエイトを置いている。」との部分について検討する。

民商の組織の規模や結束が強いことを述べたとしても、何ら原告の社会的評価を低下させるものではない。また、共産党はわが国の公党であるから、共産党と密接な友好関係を持つことや、共産党に資金を供給することも、政治活動の自由の範囲内であって、何ら違法視されるべきことではなく、このことを述べたとしても、人の社会的評価を低下させることにはならない。「税金対策」の意味するところは必ずしも明確ではないが、いわゆる脱税を直ちに意味するものではなく、合法的にいわゆる節税を図ることに力を入れ、会員の指導を行うことも、何ら非難されるべき行為とはいえず、人の社会的評価を低下させるものではない。

次に、「会員の指導は、納税者の心得一〇カ条とか商工新聞で行われているが、会員の権利義務意識はアンバランスである。民商会員は、税務調査には非協力的で、調査拒否・妨害が多く暴力行為に及ぶこともあり、豊中民商事件や上京事件の例がある。大半の民商会員は白色申告者で、三月一三日に集団申告により各種所得欄には単に所得金額しか記載しない確定申告書を提出している。民商会員は調査に非協力的であるが、だからといって調査をやめるわけにはいかない。」との部分について検討する。

民商が納税者の心得一〇カ条や商工新聞で会員の指導を行うことに言及したとしても、それ自体は、何ら社会的評価を低下させることにはつながらない。「権利義務意識がアンバランス」であるとの発言は、その内容について具体的事実を摘示していない。また、税務調査に非協力的であるとの発言は、前記(三)で説示したとおり社会的評価を低下させるものではない。「暴力行為に及ぶこともあり、豊中民商事件や上京事件の例がある。」との点は、豊中民商事件では、税務調査の際、民商会員が税務署員に暴行を加え、傷害を負わせる事件が発生し、本件税務懇談会の当時、第一審で有罪判決があった(〈証拠略〉)との趣旨をいう点においては、真実を述べたものであり、上京事件も同じく、税務調査の際、民商会員が税務署員に暴行を加え、傷害を負わせる事件が発生し、本件税務懇談会の当時、告訴告発がなされ、起訴に至っていた(〈証拠略〉)との趣旨をいう点においては、真実を述べたものと評価できる。そして、右両事件のほかにも、税務調査の際に民商会員が税務署員に暴行や脅迫を加える事例が存在することも認められる(〈証拠略〉)から、右の発言は、税務行政上支障になる事実について、真実を指摘したものと評価できる。さらに、「大半の民商会員は白色申告者で、三月一三日に集団申告により各種所得欄には単に所得金額しか記載しない確定申告書を提出している。」との発言も、〈証拠略〉によれば、真実を摘示したものと認められる。また、「民商会員は調査に非協力的であるが、だからといって調査をやめるわけにはいかない。」との部分は、税務行政の担当者として当然のことを述べたものと評価できる。そして、「したがって、取引先などの反面調査により所得金額を推計せざるを得ず、そのため取引先に非常に迷惑をかけているが、出席会社には今後ともよろしく御協力をお願いしたい。また、関係下請企業等にもよく御説明願い、御理解と御協力を得たい。」との部分についても、その趣旨は、藤井署長の場合と同様に、反面調査への協力を呼びかけたものと認められる。

以上の検討を踏まえ、前記1(一)ないし(三)で認定した川井統括官の発言がなされた際の状況、発言の趣旨が反面調査への協力依頼にあったこと、発言の態様、原告の組織構造、川井統括官が原告の正式名称や略称を使用していないこと、摘示した事実もその一部は真実と認められること等を総合的に考慮すると、前記認定の川井統括官の発言は、税務行政の担当者として、税務行政の支障となっている事項を具体的に説明し、出席者に対して税務行政への協力を求めたものと評価することができ、原告の名誉を毀損する不法行為を構成するものということはできず、結局、正当な職務行為の範囲内でなされたものと認められる。したがって、川井統括官の発言は、原告の名誉を毀損し、又は、結社の自由を侵害するものではなく、原告に対する不法行為とはいえない。

三  税務調査における侵害行為の有無、内容(争点1について)

1  東署員の発言

〈証拠略〉によれば、垂水美恵子に対する調査の経緯は以下のとおりであると認められる。

東署員は、昭和五二年ないし同五四年分の所得税調査のため、昭和五五年一一月二七日、同年一二月五日、同月九日及び昭和五六年一月二七日に、垂水宅に臨んで調査を行った。昭和五五年一一月二七日は垂水本人が不在であったが、その他の調査期日では本人が在宅しており、同年一二月九日の調査に際し、東淀川民商事務局次長松村純一郎が立会いを要求した。右の期日のうち、昭和五五年一二月九日と昭和五六年一月二七日の期日は、いずれも垂水が自ら連絡して指定したものである。垂水に対する調査は、昭和五六年一月二七日に垂水が修正申告書を提出したことにより終了した。

ところで、証人松村純一郎は、東淀川税務署員東和宏が、昭和五五年一二月五日、東淀川民商の会員垂水美恵子方に臨んで調査を行った際に、「民商というのはどういう団体かということは知っているか。あんな団体に入っているより、税務署に来て相談した方がきっちりやってるぞ。民商というのは入っておっても役に立たへんやろう、あそこは共産党の下部団体でもあるし、赤旗も取らされるやろ。」と発言したと証言する。

これに対して、この点に関する証人東和宏の証言は以下のとおりである。すなわち、同人は、右調査の際、垂水から「民商に相談していますので、そちらのほうへ行って調べたらどうですか。」と言われたので、それはできない旨を告げたところ、垂水から「民商は税務署の下部組織じゃないんですか、税務署が指導しているのではないですか。」と質問された。そこで、東署員は民商と税務署は関係ない旨を回答したが、垂水が「民商は税務署の指導を受けている会だと思っていた。民商は税務署の協力団体ではないですか。」と重ねて質問するので、たまたま玄関先に置いてあった赤旗新聞を見て、民商が赤旗を宣伝していることが念頭にあったところから、民商は国の機関とは関係がないと答える趣旨で「赤旗と共産党は関係があるんではないですか。」と述べた。

そこで、検討するに、証人松村の証言するところによれば、もともと同人は右昭和五五年一二月五日の税務調査の際、現場に立ち会っていたのではなく、東署員の発言内容に関する供述は、垂水からの伝聞に基づくものであり、また、東淀川民商事務局長の大岩から、同日の東署員の発言について相談を受け、重大問題と認識していたところ、東淀川税務署総務課長が大岩からの抗議の電話に対し、同年一二月七日、そのような事実はなかった旨回答して来たというのである。しかるに、松村は、本件調査の後である昭和五五年一二月九日の調査において、東署員に立会を要求した際、一二月五日の本件発言についての抗議は特にしておらず、専ら立会要求に終始したこと(〈証拠略〉)が認められる。また甲第一一号証(昭和五六年一〇月二九日付「申し入れ書」と題する書面)では、東署員の発言を「民商のような共産党を支援する団体になんで相談しているのか」と表記しているにすぎず、下部組織という言葉は使われていない。また、東署員の発言を直接聞いたという垂水美恵子は本件で証言することを拒否し続けていること(〈証拠略〉)も認められ、直接東署員と応対した垂水については、証人尋問の申出すらないことが当裁判所に顕著である。

以上の事実によれば、証人松村の前記証言は、反対趣旨の証人東の証言に照らして信用できず、東署員が原告主張のように「民商は共産党の下部組織である。どうしてそんな団体に入ったのか。」などと発言をしたと認めるに足る証拠はない。

2  竹原署員の発言

〈証拠略〉によれば、尾崎忠雄に対する調査の経緯は以下のとおりであると認められる。

茨木税務署員竹原正和は、昭和五三年ないし昭和五五年分の所得税調査のため、昭和五六年八月二六日及び同年九月七日の二回、尾崎忠雄方に臨んで調査を行った。二回とも、本人の尾崎は在宅しており、九月七日の調査では、高槻民商事務局次長の根来康雄ほか一名の民商会員が立会いを要求した。竹原署員は、八月二六日の調査では尾崎宅に来客があったので途中で調査を打ち切り、九月七日の調査では、竹原署員が根来ほか立会いを要求した者の排除を求めたところ、話し声の聞こえる隣室に引き込んだので調査を行った。同日の調査は、尾崎本人が協力的で、比較的順調に進行し、同日の修正申告書の提出により調査終了となった。

ところで、証人根来康雄は、昭和五六年九月七日の高槻民商の会員尾崎忠雄方での調査の際に、竹原署員が尾崎に対して、「民商は非協力団体だ」と発言するのを直接聞いたと証言する。

他方、証人竹原正和(竹原署員)は、昭和五六年八月二六日と九月七日の二回、尾崎忠雄方へ赴き調査を行ったが、九月七日の調査は尾崎本人も協力的で、比較的順調に進行し、同日の修正申告書の提出により平穏に調査を終了したものであり、「民商は非協力団体だからやめろ。」などと発言したことはないと証言する。

右の証拠を検討するに、証人根来の証言においても、同人は当時高槻民商事務局次長の立場にあり、昭和五六年九月七日の調査の際には、その調査の過程を終始把握できる状況にあったというのであるが、竹原署員が、民商を「やめろ」と発言したことに関する証言は全くなく、原告の主張とも齟齬する部分がある。また、〈証拠略〉によれば、九月七日の調査では、根来ほか一名が竹原署員に対して立会を要求し、結局、根来が調査の状況を把握できるものの隣室に席を移したので調査を開始したところ、尾崎は調査に協力的で、調査は平穏に進行したというのである。加えて、昭和五六年九月七日以降の日付で出されている〈証拠略〉の高槻民商関係のニュース等においても、高槻民商が竹原署員の発言を非難する記事を掲載していないのである。

以上の事実によれば、証人根来の前記証言は、竹原署員の調査時の状況に関して不十分な証言しかしていないところ、もともと右調査は民商関係者も状況を把握できる状態でなされたものであること、調査の進行状況は平穏であったこと、調査後の民商の行動に鑑み、さらに、反対趣旨の証人竹原の証言に照らして、信用することはできない。したがって、竹原署員が尾崎に対して、「民商は非協力団体だからやめろ。」などと発言したと認めるに足る証拠はない。

3  時本署員の発言

〈証拠略〉によれば、木村均に対する調査の経緯は以下のとおりであると認められる。

豊能税務署員時本修三(時本署員)は、昭和五三年ないし昭和五五年分の所得税調査のため、昭和五六年九月二一日、一〇月二二日、一一月六日及び同月一八日の四回、木村均方に臨んで調査を行った。九月二一日は、木村均が不在で、妻の田美子が家にいたが、その他の調査期日では、木村本人が在宅していた。また、一〇月二二日には池田民商の鍋野会長、同事務局次長の竹中ほか民商会員二名が、一一月六日及び同月一八日には右の竹中が立会いを要求した。木村に対する調査は、昭和五六年一一月一八日、修正申告書の提出により、調査終了となった。

ところで、証人木村田美子は、時本署員が、昭和五六年九月二一日木村均に対する税務調査のため同人方に赴いた際に、木村均が不在と聞き、調査内容について、田美子が分からない旨回答したところ、雑談となり、その際、時本署員が、「余り商売がもうかってないみたいやな。商工会にはいっておられるので、もう会費も高いからやめられたらどうですか。」と発言したと証言する。また、証人木村は、次回の一〇月二二日の調査のときに、民商の竹中、鍋野ほか数名の者が立会を要求し、鍋野が、時本署員に対して、前回の調査の際の発言について問い詰めたところ、時本署員は、「言ってはならないことを言ってすみませんでした。」と謝ったと証言する。

しかし証人時本修三(時本署員)の証言によれば、本件調査の状況について以下の事実が認められる。

調査の際、田美子が、「商売のことは自分でははっきりわからず」、「民商のほうで相談してる。」と答えたので、これに対し、時本署員は、「民商のほうに相談するのもいいが、自分の申告ですので、商売の記帳くらいは自分でして下さい。」と発言した。当日の調査に関し、田美子は、「主人が不在なのでとにかく今日は調査に応じられない。」と言うので、時本署員は、九月二八日に再度調査に赴く旨を伝えるとともに、「所得税の調査の場合には、調査に関係のない第三者の立会いは認められないので、立会いのないようにお願いします。」と木村均への伝言を頼んで調査を打ち切った。ところが、九月二五日に都合が悪いとの連絡が入り、あらためて木村が指定してきた昭和五六年一〇月二二日木村方へ調査に赴いたところ、池田民商の竹中事務局次長から、「前回の九月二一日に調査に行った時に奥さんに対して、民商をやめたらどうかと言ったじゃないか、脱退工作をしたんじゃないか。」と抗議された。時本署員は、「そういうことは言ってません。」、「前の時は記帳くらいは、自分でしなさいと言ったけれども民商やめたらどうかということは言ってませんよ。」などと反論したが、なおも抗議を続けるので、誤解を解くために「私の発言がそのように奥さんに受け取られたのは残念だ。」と発言した。

以上認定したところに基づいて、原告主張に係る「ボチボチ民商をやめたらどうでっか。」という発言の有無について検討する。証人木村の証言では、時本署員が、「ボチボチ民商をやめたらどうでっか。」という関西弁を使って発言したという発言の特徴に関する証言がないこと、また、田美子は、時本署員の発言に対して、「えらいことを言わはるな。」と思ったというのであるが、その場で即時に抗議する行動に出ておらず、次の調査期日で、立会要求をした者から時本署員に抗議をしたに過ぎないこと(〈証拠略〉)、当日の調査は、調査対象の納税者である木村均が不在で、商売のことについて何も知らないと述べる田美子を相手としては調査の目的を達成できない状況にあり、直接の調査対象でない田美子に対してあえて民商からの脱退に関する話題を出す必要性に乏しい状況にあったこと(〈証拠略〉)等が認められ、これらの事実及び証人時本の証言に照らし、証人木村の前記証言は信用できない。したがって、時本署員が、木村田美子に対して、「ボチボチ民商をやめたらどうでっか。」という発言をしたと認めるに足る証拠はない。

4  勝丸署員の発言

〈証拠略〉によれば、調査の状況に関し、以下の事実が認められる。

平田弘に対しては、昭和五三年ないし昭和五五年分の所得税調査のため、住吉税務署員小谷成幸が昭和五六年五月ないし六月に四回平田宅に臨んで調査を行った後を受けて、同税務署員勝丸勇夫(勝丸署員)が昭和五六年八月五日、同月一九日、同月二〇日及び同月二五日の四回平田宅に臨んで調査を行った。勝丸署員の四回の調査には、各回とも本人が在宅しており、八月一九日の調査では、住吉民商の長岡事務局員ほか一名が立会いを要求したが、その他の調査期日には、立会いを求める者はなかった。平田に対しては、昭和五六年一〇月一日及び二九日の二度にわたり、電話により修正申告を勧めたが応じなかったため、同年一一月一六日更正処分が行われた。

昭和五六年一〇月一日及び二九日の二度にわたり修正申告について同人宅へ電話を架けた。同年一〇月一日に電話したときには、平田の妻が応答に出た。勝丸署員は、同女に対し、調査額が申告額を上回るので、一度面接して詳しく説明し、平田の言い分を聞きたいが、その際、第三者の立会いは認められないことを説明した。これに対し、平田の妻は、「私達では分かりません」と答えるのみであった。そこで、勝丸署員は、「税務署の方に来署していただければ詳しく説明を致しますし、平田さんのご意見も聞けると思います。けれども、そのときにも第三者の方の同席は認められません。」と話したが、平田の妻が同じく「私達では分かりません」と言うだけなので、勝丸署員は、「このまま第三者の立会いなしで調査に応じていただけないのなら、調査額についても詳しく説明できませんので、このまま調査の説明ができずにまた調査に応じていただかなければ、やむを得ず、平田さんのほうに調査額を通知しなければならなくなりますよ。」と話し、引き続き「調査額を通知したからといって、これで確定するんではないです。もし、これに不服があれば、異議申立や審査請求の制度もあります。けれども、そういった手続きを考えるんであれば、一度来署するなりされて、こちらの説明も聞いていただき、また平田さんのご意見も聞かしていただいて、よければもう一度来署なりしていただけませんか。」と話した。これに対し、同女は、「もう一度よく考えて、また連絡します。」と答えた。

ところで、証人平田弘は、勝丸署員が、同人に対し電話で「民商を抜いて話し合いたい」という言葉を使ったと証言する。しかし、同証人のこの点に関する証言は、いずれも誘導尋問に対して答えたにすぎず、勝丸署員が電話を架けた時期についても明確な証言をしておらず、同人自身も細かいことは覚えていないところが多い旨証言しているところである。また、「そうでなければ更正する。」との発言については、全く証言しておらず、原告の主張とも齟齬する。加えて、証人平田の証言は、勝丸署員からの電話に出たのが、平田本人であるとする点においても、証人勝丸の証言と齟齬している。

なるほど、本件においては、一〇月一日の電話の翌日に、民商の事務局員ら約五名が、住吉税務署に抗議に赴いている事実が窺われはするが、右の事実に、勝丸署員は、一〇月一日のみならず、一〇月二九日にも電話により修正申告を勧めたが、結局、平田はこれに応ずることなく、一一月一六日更正処分に至ったことを考え併せると、証人平田の証言は、以上の点及び反対趣旨の証人勝丸の証言に照らし、到底信用することはできないのであって、勝丸署員が平田弘に対して、「民商を抜いて話し合いたい。そうでなければ更正する。」などと発言したと認めるに足る証拠はない。

5  高橋署員の脱退工作

〈証拠略〉によれば、井上善治に対する調査の状況は、以下のとおりであることが認められる。

堺税務署員高橋治男は、昭和五六年五月九日、同月一一日、同月一八日、同月二一日、同月二六日及び同年六月一七日の六回にわたり、井上方に臨んで調査を行った。このうち、昭和五六年五月一一日と同月二一日には民商関係者の立会いを要求され、同月二一日には、立会いを求める北岡及び北川から「調査理由な何だ。」、「立会いはどうしてあかんのか。」、「法律的な根拠を言え。」などと述べたため、調査が進展しなかった。そこで、高橋署員は、第三者の立会いができない旨説明したが、なおも立会いを求めるので、「今後は署の方で独自に取引先等の調査をする。」と言い、その日の調査を打ち切った。その後、五月二六日、事前に連絡せずに調査に赴き、井上とその妻に面会したところ、立会いを求める者もなく、井上から昭和五五年分の収支明細表と一部経費の領収書等の提示があったので、これを高橋署員が書き写した上、井上に対し、その内容について質問したが、全く返答を得られなかった。そのため、高橋署員は、井上に対し、売上先等の内容が分からなければ、税務署としては、現段階では調査できないから、引き続き回答がなければ、取引先などの調査をする旨伝えてその日の調査を打ち切った。そして、高橋署員は、取引先調査の上、事前に連絡した上で同年六月一七日に井上方に臨んだところ、立会いを求める者もなく、井上本人と同人の妻が調査に協力したので、調査は順調に進展して完了した。

なお、〈証拠略〉によれば、昭和五六年八月ころ、堺南民商の会員井上善治が、電話で民商からの退会を申し出て、その後民商を退会したことが認められる。

ところで、井上の退会時の状況について、証人佐藤は、井上の妻から昭和五六年八月退会したい旨の電話を受けたが、その際聞いたところによると、高橋署員から同年六月中ころ具体的に民商を退会しろと言わんばかりのことを言われたという。その内容は、「会費を払うんだったら税金を払ったほうがましだ。おれのところへ来たら税金を安くしてやる。まだ民商にはいっているのか。」というものであると証言する。

しかし、証人佐藤は、高橋署員が井上に対する税務調査を行った場に立ち会っていなかったこと、証人佐藤の証言は、井上の妻から伝え聞いたことに基づいていること、そして、井上の件では具体的な抗議行動を行っていないことが認められる。(〈証拠略〉)上、「脱会を強要した」との点につき具体的に供述をしていない。また、直接、高橋署員と接した井上善治ないしその妻については、証人尋問の申出すらないことが当裁判所に顕著である。

以上の各事実に本件調査の経緯をも併せ考えると、高橋署員が、調査の際、原告主張のように民商からの脱会を強要したり、六月中ころの調査の際、「いまだに民商にはいっているのか。誰の紹介でいつからはいっているのか。」などと発言したと認めることはできない。

6  新毛署員の脱退工作

〈証拠略〉によれば、有限会社おおはしに対する調査の過程は、以下のとおりであることが認められる。

新毛署員は、前任者に引き続き、昭和五七年八月から一〇月にかけて、五、六回の会社事務所等臨場調査等を実施し、法人税調査を行った。新毛署員は、昭和五七年九月上旬に有限会社おおはしの事務所に臨み、それまで調査した結果に基づいて算定した所得金額を代表取締役大橋照雄に説明したところ、大橋から「税金の段取りもあるし、しばらくちょっと考えさしてもらえますか。」との申出を受けたので、大橋に申告の意思があると思い、その日は帰署した。その後、同年九月下旬ころ、新毛署員が有限会社おおはしの事務所に臨んだところ、大橋は、「もう仕方がないですな、借金でもして税金払うようにしますわ、払うんですから更正というのも何ですし、自分から申告を出すようにしますわ。これまで私のほうとしてはあんまり税金に対する認識もなかったんで、無申告であったりして、ええ加減ですいませんでした。これから民商もやめて自分でちょっと勉強して金銭出納帳も付けますし、正しい申告をするようにしますわ。そのことを書いた書類もだしますわ。」と申し出た。そこで、新毛署員は、民商を退会するのも確認書を出すのも大橋の自由であり、今後税務認識を改めるのは結構なことである旨を告げた。このような会話の後、新毛署員は、大橋から申告書の下書きを作成してほしいと依頼され、さらに、「申告書の下書きのついでに、確認書も先程の内容で書いて欲しい。」と強く依頼された。新毛署員は、一旦はこれを断ったが、大橋が、「それは分かるんですけれど、とにかく苦手なんでお願いしますわ。」となおも頼むので、仕方なく了承して署に帰り、統括官とも相談の上、大橋の述べるままの内容で、修正申告書及び確認書の下書きを作成して交付した。それに基づいて作成された修正申告書及び確認書は、同年一〇月二六日、税務署受付に提出された。税理士が関与していない会社については、修正申告書等の記載内容が複雑であることから、調査担当署員が修正申告書等の下書きを行って、これをもとに当該会社が清書し、押印して提出している例が多いが、この場合、前記のような確認書についても、調査担当者が下書きを依頼されることが多いのが実情である。本件もこのような実情の中で、新毛署員は、大橋の発言内容を再現した形での確認書の下書き作りに応じたものである。

ところで、〈証拠略〉並びに甲第二一号証の一及び二によれば、昭和五七年一〇月二六日、貝塚民商の会員である有限会社おおはしの代表取締役大橋照雄から、「昭和五五年二月決算無申告であった事を深く反省しております。今後民商を退会し又税務に対する認識を深め、正しい申告するよう努力したいと思います。」という文面の確認書が岸和田税務署に提出されたこと、右確認書の文面については、新毛署員が大阪国税局・税務署の用箋に下書きを作成してやった(〈証拠略〉)ことが認められる。

証人吉田岩男は、右確認書の作成経緯について、新毛署員が大橋に対して、前記のような確認書を書けば、税額をまけてやる旨述べたという。

しかし、吉田は、新毛署員と大橋のやりとりを直接聞いたのではなく、右証言は、大橋からの伝聞によることが認められる(〈証拠略〉)。また、証人吉田の証言では、大橋が確認書を提出する前に、新毛署員の作成した下書きを持って吉田のもとに相談に来たことになるが、下書き中に「民商退会シ」との文言がある(〈証拠略〉)のに、直ちに税務署へ抗議に赴いたりしておらず、却って、大橋が税務署に確認書を提出した際に、税務署の受付印をもらっておくように指導していることが認められる。また、証人吉田は、大橋との相談から約二か月後、税務署の受付印のある確認書の控えが手に入った時点で税務署に抗議をしたものの、本件が既に係属していたことから、本件訴訟にこの確認書の件を持ち込むことを考えたと証言しているところである。そして、証人吉田は、〈証拠略〉の念書は、本件訴訟の係属後、大橋に本件で証人として証言してほしい旨を頼みに行った際に、本人からたまたま見せられたものだと証言するが、大橋が誰から書くのを依頼されたかについて、「中に入った人」というだけで、曖昧な証言しかしておらず、また、このような念書に関して、税務署に抗議をしていないこと(〈証拠略〉)も不自然である。さらに、新毛署員と直接接した大橋については、証人尋問の申出すらないことが当裁判所に顕著であり、証人とならない理由について、証人吉田は曖昧な証言しかしていない。

以上のとおり認定した事実及び前記証人吉田の証言に関する検討によると、なるほど、大橋から「昭和五五年二月決算無申告であった事を深く反省しております。今後民商を退会し、又税務に対する認識を深め、正しい申告するよう努力したいと思います。」という文面の確認書が税務署に提出されてはいるが、甲第二一号証の一の作成経緯に関する証人吉田の前記証言は到底信用できず、新毛署員が、大橋に対して、「確認書を書けば税額を下げる。」と発言したり、脱退工作をしたりした事実を認めることはできない。

四  結論

以上の次第で、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田昭孝 金井康雄 古閑裕二)

別紙

昭和五六年一一月一六日、大淀税務署四階会議室での昭和五六年度第二回大淀税務署主催の懇談会において、藤井大淀税務署長および川井同税務署統括官が「民商は納税の非協力団体である」「皆さんの下請け、孫請け会社に民商とはどんなものか、実態を話して指導を強めて欲しい」「民商は共産党の下部組織である」等の発言をして民主商工会の誹謗をおこない、同会より脱会を勧めるように指導したことは、民主商工会および大阪での民主商工会の連合体である大阪商工団体連合会の結社の自由を侵害するものであったことを認め、併せて貴団体の名誉を毀損したことを深く反省し、ここにつつしんで謝罪の意を表明いたします。

昭和  年  月  日

被告 国

右代表者法務大臣 坂田道太

大阪商工団体連合会

御中

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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